4 犬の粘液腫様僧帽弁疾患(MMVD):僧帽弁閉鎖不全症
粘液腫様僧帽弁疾患とは、僧帽弁に粘液腫様変性が生じることで僧帽弁が肥厚し、腱索や乳頭筋の障害も付随することで、僧帽弁の閉鎖不全が生じる心疾患のことです。簡単に申しますと、心臓には4つの弁があり、その1つの僧帽弁の弁が変形し、血液の逆流が生じる疾患です。逆流が生じることで、心臓の機能が悪くなり、咳や運動不耐性などの症状が発症し、悪化すると心不全を起こします。以前は僧帽弁閉鎖不全症と言われていました。
シーズ、マルチーズ、ポメラニアン、キャバリア、ミニチュアダックス、トイプードル、チワワなどの小型犬に多く罹患します。オスはメスより罹患率が高く(1.5倍)、進行も早いとされています。特にキャバリアは1歳で10%、4歳で56%、10歳以上ではほぼ100%発症すると言われています。
上記の写真は心臓の超音波画像です、左は僧帽弁の前尖(矢印)に粘液腫様の肥厚が確認できます。 右の写真は同じ部位の超音波ドップラー画像です。黄色や緑のモザイク状の部分は血液の乱流(逆流)を現します。
病態生理
初期の軽度の僧帽弁逆流では、循環状態や心臓の形態に大きな影響を与えることはありません。しかし、時間の経過とともに僧帽弁や乳頭筋、腱策などに障害は進行し、逆流量の増加とともに左心房が拡張します。このような状態ではすでに心拍出量の低下がみられ、全身性の低血圧や腎血流量の低下が引き起こされます。
全身性の低血圧に対して交感神経が活性化され、心拍数の増加や心収縮性の増強が起こり、血圧は維持されます。
腎血流量の低下に対してはレニン‐アンギオテンシン‐アルドステロン系(RAA系)が活性化し、ナトリウムと水を保持し、循環血液量を増加させることで循環状態を維持します。
しかし、この2つの代償機能が長期に持続すると、心臓や血管系に負担をかけることになり、心不全は悪化していきます。
心臓や血管系に負担がかかることで心臓は拡大し、心臓上部の気管支を圧迫することで発咳が発現するようになります。また、左心房内圧が上昇することで、肺静脈圧を上昇させ、肺水腫を起こすことになります。
MMVDで複数の血管拡張薬や利尿剤、強心剤の投与が必要な状態まで進行した症例では、心拍出量の減少から腎血流量の減少を招き、腎機能の低下にかかわってきます。また、心房拡張により心房細動が引き起こされるケースもあり、これらの発現は予後不良のサインとされています。
僧帽弁閉鎖不全症から左房圧の上昇→肺静脈圧の上昇→肺動脈圧の上昇→右心系圧の上昇により2次的に肺高血圧症を引き起こすことがあります。肺高血圧症が併発すると失神やチアノーゼ、運動不耐性の重度の悪化が見られます。
診断
僧帽弁閉鎖不全症の診断は、心エコー検査が必要で、以下の所見から判断いたします。
- 僧帽弁の肥厚と閉鎖点の上昇あるいは逸脱。
- 収縮期に再現性のある左心室から左心房への血液の逆流。
- 左心房や左心室の拡張(進行の程度による)
- 腱策断裂(必発所見ではない)
MMVDには重症度の評価が必要で、重症度によりステージ分類がされております。ステージ分類を行うにはX-RAY検査、心臓超音波検査、心電図検査、血圧測定が必要になります。
重症度評価
重症度評価はACVIM(アメリカ獣医内科学会)から提唱されているステージ分類で評価いたします。下記はACVIM2019におけるステージ分類の一覧です。
ステージA | ●現時点でMMVDに罹患していないが、発生リスクの高い犬種●現時点で明らかな構造異常、心雑音を認めない |
ステージB1
|
●MMVDに罹患し、X-RAY、超音波検査でリモデリングによる変化を認めない ●リモデリングが認められるが初期治療介入の基準を満たしていない ●心不全による臨床症状は認められない |
ステージB2 | ●MMVDに罹患し、X-RAY、超音波検査で左房、左室の拡大を認める ●心拡大はEPICリモデリングを満たす ●心不全による臨床徴候は認められない |
ステージC1
(急性期) |
●過去/現在においてMMVDによる心不全徴候が認められる ●急性心不全に対する入院治療が必要だが、標準治療で管理可能 |
ステージC2
(慢性期) |
●過去/現在においてMMVDによる心不全徴候が認められる ●在宅にて標準治療による管理が可能 |
ステージD1
(急性期) |
●ステージCの症例において標準的治療で治療効果が不十分(難治性) ●入院治療が必要な急性期 |
ステージD2
(慢性期) |
●ステージCの症例において標準的治療で治療効果が不十分(難治性) ●在宅治療が可能な慢性期 |
治療
MMVDの治療は、病気の進行ステージにより推奨されるお薬があります。これらを組み合わせて投与いたします。ステージA ステージB1は治療の必要はありません。定期的な心臓検査を行っていきましょう。
ステージB2より食事コントロールと投薬が必要になります。
獣医療の進歩により外科手術による治療も行われています。外科手術を希望する方はご紹介いたします。
一般的に使用される薬剤 治療
ACE阻害薬 ピモベンダン ベシル酸アムロジピン 塩酸ヒドララジン フロセミド スピロノラクトン ヒドロクロロジアジド β遮断薬 ジゴキシン 塩酸ジルチアゼム ピモベンダン ニトロプルシドナトリウム 塩酸ドブタミン クエン酸シルデナフィル 酸素療法 食事療法 など